元高卒電気工事士が泥まみれ作業員だった頃の話をしようと思う。

こんにちは、にちやです。

敬語略で語るのをご了承ください。


全体の物語はこちらで語っています。

その中でも、
工業高卒、電気工事士が
泥まみれ作業員だった頃の話をしようと思う。

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当時18歳、高卒で上京した僕は希望を持っていた。

母「私は辛い。この家に家政婦として雇われているんだわ。」
父「俺は辛い。みんな俺の事を分かってくれない。」
祖父「お前の父母はおかしいな。お前の母の飯なんて食えたもんじゃねぇ」
祖母「私は何も知らない。勝手にやって頂戴。」
兄「・・・ゲームゲーム・・・」
僕「」
みたいに
自分は辛い病に蝕まれた
家族の居る実家からやっと逃げ出すことができたのだ。

進学が出来るほどお金もなかったので
高卒でも お金を貰える職場を選んだ。

お金を持っている人間が
一番偉いし、お金さえ持てれば
人生勝ちだ!!

そして、一旗揚げるなら東京だ!
という田舎特有(?)の考え方もあって

迷わず上京した。

実際に、自分の実力があれば給料だって増えるだろうし
とにかく頑張ってお金を貰おう。

そうすれば
自分に自信が持てるはずだ。

それが入社式前日だった。

会社の寮に荷物を運びこんで
そして、夜なのに電気を付けずに
積まれた段ボールを眺めながら。

「明日から頑張ろう!」
希望を持っていた。

ニキビ酷くってバカにしてきた奴らも

俺が東京で実力を身に着ければ関係ない。
顔なんて関係ないんだよ。
金金!!!

まぁ、最初は良かったよね。

結局入社して
最初の研修期間。

配線工事だったので
現場はこんなものだ、とか
注意事項なんかをみっちりと叩き込まれる。

初月のお給料は8万円だった。

そんなものだろうと思っていた。

2ヶ月目から本格的に
それぞれの現場に配置された。

なんというか、頑張ろうと思ったけれども
この時点で違和感には気づいていた。

みんないい人達なんだけれども

いつ仕事辞めるかとか

とりあえず3年働いてやめる(これ何でなんですか?)
とか

退職へ向けて
仕事の合間に株とか投資の勉強してたり

体壊すことを犠牲にして金を稼いでいたり

3年目の人の方が、僕よりも給料安い時期があったり

全体的に見ればちょっとした違和感。

詳しいところまで見ていけば
本当に違和感だらけ、

それも無理はない。

業務内容は

朝5時30分に起きて、6時に家を出る。1時間満員電車に揺られ、人の臭いで気持ち悪くなりながらも事務所へ向かう。新人の日課、ゴミ出し、掃除を一人で黙々とこなし

8時30分始業、現場へ行く17時に事務所へ戻る。

・・ここで終業ではない。

その後、夜勤の準備を行い18時コンビニ飯を食べ、事務所に泊まり込み。

そして23時起床、24時夜の現場へ向け出発。

朝6時に事務所へ戻る。

・・・まだ終業ではない。

6時から事務所で仮眠をとる

そして、8時30分次の日の仕事がスタート。

これが1年目から続くのだから。。


40年の投獄生活が始まった。

マジで思った。


現場作業は思ったよりもキツかった。

作業着着て、ヘルメット被って

真夏でも真冬でも
現場を歩き回り。

ホコリまみれ
ゴキブリまみれ
虫まみれ
泥まみれ

ナイフとか工具を使うから
たまに手を切ったりもした。

でも最初は金のためだと割り切った。

入社から4か月くらい経ったころ、気付いた。
「あれ?金困らなくても全然みんな幸せそうじゃないんだけれども??」
働くほどにお金は貰えるけれども
みんな幸せそうじゃない。

なぜだろう?

どうやら、仕事に希望が持てないらしい。

日々の激務に加えて
酒、金、女、ギャンブルで体も壊れるらしい。

家族ともうまくいってないらしい。
家に帰っても居場所がないらしい。

え??

就職して気付いた。
心の中ではもう分かっていた。

でも、それから逃げるように
刺激的な毎日に溺れた。

ギャンブルに風俗
無理やり酒も飲んだ。煙草も吸わされた。
もう何でも教えて貰った。
でも楽しかった。
刺激的な毎日が楽しかった。
給料を全てつぎ込んだ。

色んなお店に行った。
刺激を満たしまくった。

パチスロに1日10万円つぎ込んだ。

そうしたら
口座残高が70円になった。

財布に残った小銭でカップヌードルカレー味を買い、
そこにおにぎりを入れてカレー飯にした期間が1週間続いた時には
体調も悪くなって、ニキビも悪化。

もう、刺激をひたすらに求める”社会人”
の仲間入り。

50歳の同じ事務所の人に聞いても
「会社辞めようと1年目で思ったけれども、いつの間にかここまで来たね。」
みたいな事言うし

その人は、年功序列の立場を使って
会社の車使って業務中に公園とか行ったり、外食行ったりとか
要は簡単な仕事を1日かけて行っていることにして
サボっていた。

仕事が出来る人には
日々の仕事がたくさん回っていく。
1人当たりの仕事量が違う。

でも、その人よりもサボってる50歳の方が給料が安い。

おー、社会って面白い。

サボって給料もらっている人が
一番賢いじゃん。

頑張り=給料

にならない会社なら
もういる意味ないじゃん。

それとも、どこの会社もこんな感じなのか???

本当に絶望した。

社会って、もっと希望を持てる場所だと思った。

会社の飲み会や
いわゆる人生の先輩方からは

「うちの上司がさ」
「会社辞めようと思ってるんだけれどもさ」
「若いうちには遊んでおけ!」

それ以外言う事ないのかってくらい
毎回この話しかしない。

無駄すぎる。
なんだこいつら。

同級生もみんなこうなっていく。
怖い。

特に、若いころは遊んで、30くらいで落ち着けばいい。そのために働くんだ。
みたいなことをめっちゃ言われた。

それで社会の方に自分を馴染ませていくらしい。

怖い。

おかしいよね。っていうより怖い。

本当に怖い。

バイオハザードっていうホラーゲームに似てる。
満員電車通勤ゾンビにみんな感染していく。

若いころ遊んでおけとか
俺が若かったころは女の事しか考えてなかったね。

とか、言ってくる30代、40台、50代。
要するに「自分はそれしか頑張ってなかった」という証明じゃん。

怖い。

俺、こうなるのかな。

怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い

それを誤魔化すかのように
逃げた。

ギャンブルとかもなんだけれども

終業→パチスロ→ゲーセン→ピンサロ→つけ麺食べる→ミスドでドーナツ食べる→ゲーム実況見る→夜中寝る→起きる

みたいな生活だった。

逃げた。

自分がこのままダメな社会人として
嫌なところで雇われ続けること。

それを受け入れようとしていた。

そんな時に、

雇われないで生きていく。
というネットビジネス系の本と出合った。

後は、ほかでも語っている流れ。

アフィリエイトで失敗

起業塾に投資

退職

転売

22歳で月収100万円を超える。

別に雇われることが嫌なんじゃなくて

自分が納得していない事を
受け入れようとすること

他の人がこうだからって
無理やり自分を社会に馴染ませることは断じてやりたくなかった。

それは、生きながらに死んでいる。

だって、何も考えないで
毎日働き続けるゾンビだから。

だから、僕は成長を続けなくてはいけない。

もっと、もっと勉強して
自分自身を鍛えたい。

だから、挫折しても
「なんだと!!!じゃあもう一度だ!」
って言える。

それが嫌な事じゃないから。

僕にとっては
それがやりたい事。

選択肢も増えた。

だから、成長の為なら
何処へでも行くし、自己投資もしまくる。

そして、

過去の自分のように悩んでいる人に対して
選択肢を広げるお手伝いをしたいと思っている。

その為のブログだし、各メディアだ。

以上、元工業高卒、電気工事士が語りました。

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